目に映り耳を抜け鼻を掠めるすべてが気になって、それでいっぱいいっぱいになることがある。
他人の視線や表情、話し声や息遣い、香水や柔軟剤の香り。デスクに薄く積もったほこりの影、一定のリズムで刻まれるキーボードの打鍵音、電子レンジから漂う照り焼きだかミートソースだかの少し油っぽいにおい。
取り立てて扱う必要もない情報や刺激の一つひとつが、波のように押し寄せては五感に流れ込む。そうこうしているうちに足をさらわれそうになって慌てて席を立ち、逃げるように扉から外へ出る。
オフィスから歩いて5分ほどのところにあるコーヒースタンドでドリップコーヒーを頼み、奥の席に腰掛けた。蛍光灯の白さに眩んでいた瞳と脳が、柔らかなオレンジの照明に包まれた空間の中で、ふうと息をついてほぐれていく。