ことのあらまし

日々のあらまし、いつか平気になるための記録

2023/5/1 - 恐山にて

潮風に当たりすぎたせいか、はたまた猫を触りすぎたからか。昨夜から左目が晴れて赤い。痛みに唸りながらも旅の主目的である恐山へと向かう。

背の高い草木に車体の両側をすれすれまで阻まれ、まどろんでいるうちに山に攫われてもおかしくないなとすら思った頃、不意に視界が開けて鼠色の地平と黄緑色の水辺が飛び込んできた。バスから降りると硫黄のにおいがむっと鼻につく。目の前では三途の川がさざなみを立てている。

刺すような風がびゅうびゅうと吹きつけ、まぶたが思うように開かない。身震いをしてたまらずジャケットを首まで引き上げた。こんなにも文字通りの逆風の中、どうせ鬼に崩されてしまうと知りながらも石を積み続けなければならないとは、親に先立った子どもが受ける所業は随分と酷だ。

門をくぐり、錆のように白く焼けた岩々が並び立つ丘に足を踏み入れる。半壊した風車が所々できいきいと羽根を軋ませ揺れている。時折姿を見せるお地蔵様の視線は、この世の者にもあの世の者にも等しく向けられているよう。まなざしを送る後ろ姿が静かにやさしく、思わずまじまじと見つめた。

丘を抜けると三方を山に囲まれた湖面が広がり、息を呑んだ。鬱蒼と繁った森の中を潜ってきたかと思えば硫黄の臭気につつまれた灰の大地が広がり、その向こうには青々とした湖畔と山影が待ち構えているのだから。絵巻のように目まぐるしく風景が変わって現実味が無い。

この地一帯を霊場として言い伝えた人々の気持ちを思う。たしかにここまで異界じみていると、幽霊でも霊魂でもなく死者そのものと相まみることができるとの話にも、うなずける気がしてくる。