ことのあらまし

日々のあらまし、いつか平気になるための記録

2024/2/25

冷え込む曇天の下、半分も埋まっていない映画館の真ん中で、朝8時半に『PERFECT DAYS』を観た。

目を奪われる驚くべき展開があるわけではないにもかかわらず、長く沈み込んだあとのソファのような窪みが、観た人の胸にいつまでも残される。抱き止めるため背中に回された腕の温もりのように、愛おしく安らかな感触が、身を包んで離れない。触れる前と後とで世界の見方が変わる作品は、誰がなんと言おうとすばらしい。そんな作品を、静かな雨の日に観ることができてよかった。

斜めに吹きつける細く冷たい雨に身を縮こませながらバス停に並び、3、4本ほど見送って目当ての便に乗り込む。バスは酔いやすいからあまり乗らないようにしているのだけれど、灰色の空を背負ってそびえるスカイツリーに目を向けていたら、不思議と平気でいられた。車窓という隔たりを挟んですぐ近くを通り過ぎていく路上の一人ひとりが、コンクリートの上でまたたく、小さく等しい光源に見えた。

押入れの中の古い服や雑貨を整理し、衣装ケースの見通しをよくしたところで、秋田から帰ってきた同居人がほくほくと土産話をしてくれた。北の地の雪山は銀塩写真のように色が少なく、どこからどう見た景色かもわからないほど遠近感が薄れる光景だった。帰りたくなった、と彼が言う。青森の恐山を思い出す。魂が帰る場所があるなら、こんなところなのだろう。