ことのあらまし

日々のあらまし、いつか平気になるための記録

2024/2/24

これだけはオススメしたい映画は、と聞かれて『ゆれる』と『リップヴァンウィンクルの花嫁』と返す。人と人との間に横たわる、けっして乗り越えられない距離やわかりあえない線引きについて、森林の奥にひっそりと眠る湖面のように、静かに描く作品が好きだ。今この人が口にしたその言葉が、真に本心からの偽りのないものなのか、それともどこに出しても恥ずかしくないほど真っ赤な、あるいは本人ですらわからないほど入り組んで曖昧な、はたまた咎めようもないくらいにやさしい、嘘なのか。それは誰にもわからないということを、言葉少なに確かめさせてくれる、冬の朝に吐く息かのごとく、白く漂う物語が好きだ。

好きなものの話をするのは楽しい。映画や演劇、小説や漫画の話をしているとき、生き生きとしていることが自分でもわかる。先月は10本以上映画を観ました、『フォレスト・ガンプ』は元気をもらえていいですよ、トム・ハンクス演じる主人公がずっと走っていて、仲間もどんどんできていくのに、ある日突然やめちゃう、それがすごく、なんというかかわいくて、とにかくいいんです。そうつらつらと語るWちゃんも、表情を見るに似た趣味の持ち主なのだろう。古民家を改修した木目の濃い定食屋で、窓際のカウンターに横並びに座って話すうち、胸の底が火照るようなうれしさを覚えた。

およそ2ヶ月ぶりに待ち合わせた彼女とは、もっとずっと会っていなかったようにも思えたし、ほんの先週すれ違ったばかりにも感じられた。海辺に洗われた小石のような瞳に、見つめられるたび吸い込まれそうになり、抗うための背筋が伸びる。しかし同時に、この目に映り続けたいと、祈るような情も湧く。

手に入れてもいないのに手放したくない人がいて、どうすればこれをきちんと、ちゃんと正しく大切にしていられるかと、考えることがある。常に隣にいたいわけではなく、同じだけの気持ちを相手に求めるつもりもなく、しかしあっけなくたち消えてしまうのは惜しくて、いつまでも覚えていてほしいというよりは、いつだって忘れていいから、いつか思い出してもらいたい。

こういう人の日記を、私は読みたいんだろう。あなたが日々何を見て、何に笑い、何に悲しみ、何に憤ったのか。知りたくて、教えてほしくて、わかりたい。拒まれるのはこわいから、近づくこともはばかられて、そのくせ受け止めてほしいと願い、ほどよい居場所を探している。

風呂をためながら上映スケジュールを確かめて、朝一番の『PERFECT DAYS』のチケットをとる。明日は朝から冷え込んで、しかも雨まで降るらしく、きっと人は少ないだろう。観るなら早朝、または深夜の、なるべく人気のない時間に。そう教えてもらったから、教えてもらった通りに。