ことのあらまし

日々のあらまし、いつか平気になるための記録

2024/4/7

今から会える?と言われて身支度の手を早める朝もたまにはいい。一歩踏み込んだ気さくさというか、人あたりのいい雑さというかがこの人にはあって、だから憎めないし、うらやましくも思う。夜勤明けのTと落ち合い、とり鉄で串をつまみながら近況を交換。

わかっていることとできることは違うということ。わかっているのにできないことがつらいということ。守りたいものを手放さないためにその他多くを捨てたはずなのに、その守りたいものすら守れていないこと。そんな自分が許せないこと。でも今さら後戻りもできそうにないこと。自ら飛び込んだガラス張りの檻の中をぐるぐると歩き回るような会話を、アメスピの煙とポルノグラフィティのBGMに包まれながら交わす。途上な人生や夢の話をしているときよりも、好きな音楽や映画の話をしているときの方が、彼は無邪気に楽しそうだった。

きっと気に入るよ、と薦めてもらったものはなるべく早く、まっすぐに受け取りたい。改札で別れてから銀座に向かい、喫茶店でしばらく本を読んだら日比谷のTOHOシネマズ シャンテまで。『落下の解剖学』は真相を推理するべく観るのではなく、確たる証拠のない中でも判決を下そうとする、あるいは下したがる人間の、その横顔を見つめる作品に思えた。